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ご挨拶

5月より診療に加わりました 川尻知佳です。

 私はいわき市湯本で生まれ育ちました。幼少期の夢は医師ではなく風船屋さんでした。しかし、両親が小児科医という環境で育ち、医師という仕事が身近であったことや、両親が小児科医という仕事に誇り持ち、日々楽しそうに診療している姿を近くでみていたことから自然と医師を志すようになりました。

 磐城高校を卒業後、福岡大学医学部に進学致しました。大学を卒業し、2年間の各科での初期研修中に小児科で研修した際、小児医療の楽しさ、そしてその子の未来のために医療を提供できるという他科にはない喜びに魅了され、研修終了後は両親と同じ小児科医となりました。自身も幼少期から気管支喘息やアトピー性皮膚炎、食物アレルギーに悩まされていたこともあり、アレルギー疾患で困っている子どもたちの助けになりたいと思い、サブスペシャリティとして呼吸器・アレルギーグループに所属し、大学病院の専門外来で研修を重ねて参りました。

 この春いわき市に戻り、両親とともに診療を行うこととなりました。患児の疾患だけでなく、その子の成長や未来に寄り添える小児科医になりたいと思っております。そしていわきの子どもたちと一緒に、私も小児科医として成長していきたいです。

 私生活では、仕事後に愛犬のマロンと遊ぶことが今の一番の楽しみとなっております。趣味はスポーツとファッション、そしてディズニーランドに行くことです。第一診察室にはミッキーやウッディーなどたくさんのディズニーキャラクターがみなさんをお待ちしておりますので、ぜひ探してみてください。

 最後になりましたが、これからいわき市の小児医療に少しでも貢献できるよう努力して参りますので、どうぞ宜しくお願い致します。

 

理事長 の 村松美知子です。

 私は仙台市生まれで、宮城県立第一女子高校卒業後、弘前大学医学部に進学しました。大学では卓球部に所属し、部活に夢中になり 卓球学部医学科に進学した感じでした。医学部内大会ですが東北大会では個人・ダブルス・団体のトリプル優勝をし、東日本大会では準優勝しました。

 卒後は仙台に戻り、東北大学病院小児科・いわき市立磐城共立病院で初期研修。その後結婚して主人と一緒に国立岡山病院小児医療センターへ行き、小児科医になった時からの新生児・未熟児医療に携わりたいという夢を叶えることができました。

 いわき市に戻ってからは、一人医長としていわき市立常磐病院に赴任。その後約20年間勤務しました。1999年12月3日にむらまつ小児科を開業し、今に至ります。

 開業1年後には主人を院長に迎えて、一緒に仕事をするようになり、また今春からは長女 川尻知佳が加わりました。開院のオープン見学時に来てくれた子どもたちに風船を配って、幼少時の風船屋さんになる夢を叶えた娘が医師となり、一緒に仕事をしているのは不思議な思いです。川尻医師が同じ思い「丁寧な診察・親身な指導」で診療すると言ってくれ力強く感じています。

 私生活では、今一番の楽しみは娘の愛犬マロンの訓練です。甘やかし気味でなかなかうまくいっていません。それと見る将で藤井七段天才が進化していくのをリアルタイムで見れる幸せを感じています。漫画は最近は卒業です。

 患者さん・家族の方へ「丁寧な診察・親身な指導」を最大理念に、問診や診察に最善をつくして、お気軽にご相談いただける医院づくりを目指しています。 スタッフ一同、皆様のご来院をお待ちしています。何卒よろしくお願いいたします。

 

院長の 村松博行です。

 いわき市出身。磐城高校を経て昭和51年弘前大学医学部卒業。

 いわき市立磐城共立病院で初期研修の後浜松聖隷病院未熟児センター、国立岡山病院未熟児センターを経て、昭和62年まで磐城共立病院小児科・新生児科。同年より2000年9月まで市立常磐病院小児科で勤務。同年10月より現職。

 趣味はクラシック音楽。ピリオド楽器ともいわれるガット弦を使用した昔の構造のままのヴァイオリン族の音とノンビブラートの声楽が好きです。

 昨今はコロナの影響で演奏会は悲惨な状況です。ソーシャル.ディスタンスを保ったオーケストラなど、見るに堪えません。何とか、なるべく早く、通常に近い形での演奏会ができる様になると良いと思っております。日常診療も日々の生活も、元の生活に少しでも近づけることを願っております。

 

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